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トリリンガル 北京 生活

もう結婚しないとだめなのか!?

このことは僕が今つき合っている彼女の話。彼女と僕の出会いは約2カ月ぐらい前。会社の近くに新しくできたレストランで彼女は働いていました。初めて店の横を通り入ろうかと迷っていた時カウンターに座っていた彼女はニコッと僕たちに笑いかけ「いらっしゃいませ」という。普段ならそんな客寄せに何かには気にも留めないのですが、その時は何となくそのままその店で食事をすることに決めました。

 

「誰も居ねえなぁ・・・。」がらんとした店を見渡しながら僕は呟いた。その日は仕事が忙しく昼を食べに行った時もすでに2時近くだったので当たり前なのでしょうが、それでもビジネス街でこの有様は明らかに良くないだろう。そんなことを友人と話しているとカウンターに座っていた彼女が注文を取りに来た。

 

「何にしますか?」適当に注文した後に悪戯好きな僕たちは彼女をからかってみる。「この店全然流行ってないけど大丈夫なの?つぶれんじゃない?」失礼極まりない台詞であることは確かである。しかも店の売り上げはウィトレスには全く関係がない。大抵の場合、中国でこのような感じで店の子に話しかけるとあからさまに嫌な顔をされるか苦笑いをされるのが落ちである。僕たちはそんな売り子の反応を見るのを昼の楽しみしていたのである。しかし彼女の反応は僕たちが予想していたどれとも違っていた。

 

「そうなんよ〜!私ここで働き始めてまだ2週間も経ってないのにこのままクビになったらどうしよう!?」とカカとばかり笑い厨房の方へ去っていた。その明るい反応に呆気をとられた僕たちはまるでこっちがからかわれたウエイトレスのように苦笑いをし水を啜った。

 

しばらくすると注文した料理もテーブルに整い、すごすごと食べているとウェイトレスたちも休憩時間なのか各々がテーブルに座り食事を取り始めた(海外では恐らくレストランで働く職員が休み時間に客がいる場所で食事を取ることはないだろうが、中国では普通である。)。彼女は僕の右斜め前のテーブルに僕と向き合う形で食事をしていた。その素朴な顔をぼんやり見ているとふと目が合った。にっこり笑う彼女に軽く会釈しながらも僕は不思議な感覚を覚えた。思えばこのとき僕は既に彼女にやられてしまっていたのかもしれない。

 

食事を終えレジに向かうと彼女が計算にきた。レジを打つ彼女を見ながら僕は話しかける。「お店は忙しいかい?」「そんなことはないわよ。今の時間になるとお客さんなんてあなたたちぐらいよ。はいおつり。」彼女が差し出す釣りを片手に彼女にもう一度笑いかけてみた。「そうかい?じゃあもしお店が潰れそうなったら僕のとこに就職しにおいでよ。」「あら、いいわね!」微笑みを浮かべた彼女はそういうと入口まで最後の客だった僕たちを入口まで送ってくれた。店を後にしながら友人は「なんだよ、おまえ。酔っ払いのおっさんかよ!?みっともねえ!」と僕をからかってきた。「うるせいよ!」といつも通りの返事もしながらも「全くその通りだな。」と思いながら会社に戻った。

 

それからというもの僕は足繁くその店に通うようになった。週に3,4回はそこに昼食をしに行っていたと思う。しかもちょうど昼時の人がいなくなるような時間を見計らって。まるでストーカーの如きその行動に自分でも呆れかえってしまうのだが、そんなことは気にならなかった。僕はただ彼女に会いたくて、声が聞きたくて仕方無かったのだ。

 

こんな拙い方法でも僕の思いが彼女に通じたのか、僕たちはいつしか互いに話し合うようになりメールで連絡を取り合っては週末には一緒に出掛けるような仲になっていた。
そんなある日曜日の朝。目が覚めて携帯を開けてみると彼女からのメールが届いていた。「今晩私のお母さんが実家から遊びに来るんだけど、あなたのことを話したらぜひ会いたいと言ってたわ。今晩時間ある?」寝耳に水とは正にこのことである。昨晩彼女と会った時は彼女の母が来るなど一言も口にしていなかったはずだが、いつの間にか家族に御対面の話しなっている。この件において僕自身が最も重要な当事者であるはずなのに、何か自分が知らないところで色々なことがものすごいスピードで回り始めているのだ。もはや皮肉を通り越して自分に対して憐れみすら感じてしまう。僕はこの突然の一大事に動揺と朦朧とした意識を抱えながら、震える手で携帯を握った。

 

「急だね。ところでお母さんは何時にこちらに着くの?」僕は必死に平然を装ってメールの返事をする。「今晩5時半の飛行機でこっちに着くわ。それから2時間ぐらいで妹の家に着くんじゃあないかしら?」「そんなことが聞きたいんじゃあねぇ!」すでにパニック状態にある僕は自分の聞いた質問の内容も忘れて独り部屋で叫んだ。しかしそんな僕の心の訴えが彼女にも届いたのだろうか。彼女からまたメールが届いた。「大丈夫よ、ケネス。お母さんにはお友達が来るとしか言ってないし、ただの食事だけだからそんなに深く考えないで。だからもしお仕事に差し支えるようなら、来れなくても全然問題ないわよ。」

 

「お友達?」それは正しく両親に自分の交際相手を紹介する際に使う一種の特殊代名詞ですよ。もしかして僕は試されているのか?よくある手だがどれだけの女性にあっても、どれだけの年月と経験を重ねても、一人一人が使うトリックの種類も、その各々のレベルも、そしてそれに掛ける意味の深さも異なるため女性たちが考えていることがよく判らない。これだから恋愛は面白いという人もいるのだろうけど今はそんなことを言っている余裕はない。今になって急に最近新聞の記事で見た世界的な物理学者ホーキングの一言が思い起こされた。「女性は不可解な生物だ。」読んだそのときは何とも思わなかったが、今はその気持ちが痛いほどよく判る。

 

その時点で僕と彼女が正式に付き合うのを決めてからまだ2週間ほどしかたっていなかった。だから僕と彼女の関係はそのような「男女関係」にも至っていなかったし、どちらかと言えば週末に仲良く買い物をしてお茶をする程度の「お友達」の関係だったのである。僕自身、これからゆっくり時間を掛けて彼女のこと知って行きたいと思っていた矢先にことだったのでこの件は非常に僕の頭を悩ませた。更にタイミングも悪かった。その時は旧暦の正月に当たり中国においては最も重要とされる祝日であり、その日は家族で過ごすという習慣が現在でも非常に強く、それはこの時期の帰省ラッシュの凄まじさにもよく表れている。その時期に僕を母親に会わせようというのだ。僕は悩みに悩んだ。

 

「いいよ。じゃあ仕事が終わったら電車に乗っていくよ。」僕は最終的にこう答えた。他にどうすればよかったというのだ。確かに彼女の母親に会うのは早すぎるとは思ったが、僕が彼女と遊んでいるだけだと思われるのも癪だったのだ。それに日本で相手の両親に会うときは所謂ハッピーエンドの幕開けだが、もしかしたら中国では彼女の言うように本当にただの食事なのかもしれない(もちろんそんなわけはなかったのだが)。そんな淡い期待を胸に一抹の不安を残しながらも僕は夜が来るのを待った。

 

会社から電車に乗って約一時間のところにその彼女の妹の家はあった。駅のすぐ横にあるケンタッキーで待ち合わせをしていた僕はすぐに向かう。ケンタッキーの前まで行くと彼女は窓辺の席に着いていて僕を見るとにっこりと微笑みながら手を振ってくれた。彼女に答えながら入ろうとすると入口にあったカーネルサンダースが笑いかけながら「頑張れよ、少年。」と話しかけているように思えた。「なめやがって・・・。」思わず睨めつけてしまいそうであったが、不思議そうにこちらを見つめる彼女のために無視することにした。

 

「待った?」「ううん、大丈夫。」とどこにでもあるようなカップルの何気ない会話を楽しんでいると彼女が切り出した。「今妹がここに向かいに来てくれるって。お母さんたちももう皆待ってるって!」「”たち”?」うれしそうに笑う彼女をよそに聞き捨てならい単語が聞こえたような気がした僕はすかさず尋ねる。「ところで今日は何人ぐらい来るの?」「お母さんたち二人は飛行機で他は三人は電車だから、7,8人は居るわね。」「そんな話聞いてねぇぞ!」僕は愕然としながらも心中で精一杯叫んだ。

 

しばらくすると彼女の妹とその夫が一緒にケンタッキーに入ってきた。「お姉さん久しぶり!元気だった?」一通りのあいさつが終わると彼女の妹がこちらを向いてにっこりと微笑んだ。「こんにちは、ケネスさん!姉さんから話は聞いているわ。みんな貴方に会うのを楽しみにしているのよ!」彼女の明るい笑顔とは裏腹に僕の心は益々暗くなった。ちょっと待ってくれよ。僕が聞いていたのは一家団欒の食事会の末席に座りチビチビとお酒を飲んで帰るだけくらいだったのに、どうやら僕が彼女と正式な交際相手と言うのを一族の前で大々的に公開するのが今回の食事会の目的らしいですよ。少なくも妹さんの意味はそうらしい。「可愛い顔してやってくれるぜ・・・。」と幸せそうな彼女たちと無気味な笑いを浮かべるカーネルサンダースを見ながら僕はついに最終目的地へと足を進めた。

 

妹さんの家に着くと予想以上の大歓迎であった。彼女のもう一人の妹の夫が忙しくキッチンで料理をする傍ら僕は彼女の母親とあった。彼女の母親は縋るような眼差しで僕を見つめてしっかりと手を握り「これからよろしく頼むわね。」といった。「あの、お母さん・・・。」と僕が少し間を取ろうとするとお母さんと彼女が話し始めた。御存じのとおり中国には各地方によって方言があり、さらには各方言はまるで他の言語と言っていいほど北京語とは違うので彼女たちが話している内容は理解できなかった。全く判らないがどうやらお母さんは娘がやっと「いい人」を連れて帰ってきたので相当うれしく、これで自分も安心だということをいっているのではないかと思われる。僕の気持ちをそっちのけで幸せそうに語り合う彼女たちを見ながら、これは正しく料理される寸前の家畜たちと同じ心境だと思った。つまり縛りあげられた子羊は幸せそうな主人たちを横目に必死に抵抗を試みるも、己にナイフが突き刺さるのを見届ける他ないのである。人間とは何と残酷な生き物なのだろうか。

 

そうこうしているうちに他の電車組が到着し、事態はさらに取り返しがつかない方向へと流れていくのであった。彼女から一人一人紹介されながら、今夜のメインディッシュの僕は正にまな板の鯉の如く吟味されていく。「後はどうとでもなれ!」半ばやけくそになった僕は出されたモンゴルからだかよく判らないところから来た強い酒をがぶ飲みした。「ケネス君、いけるね〜!ささっ、もう一杯!次はワシと乾杯してくれ!」ともうすでに顔すら覚えていない親戚の方たち(本当に申し訳ない)と酒を交わしまくった。そうしていると意外にも彼らともうまく溶け込むことができ、準備ができた豪勢な食卓を囲みながら話は弾みに弾んでいくのであった。

 

そういえば僕の横には彼女の妹二人の夫が席に着いていたような気がする。年が近かったせいか僕たちは色々な話をすることができた。僕の左に座った彼は酒こそは飲まなかったがまるで酔っぱらったおっさんの如くよくしゃべった。僕はすでにやけくそになっていたのと、その時は正真正銘の酔っぱらったおっさんだったのであまりその内容を覚えていないが(すまない。)、どうやら彼は非常に日本文化に興味があり、日本にも仕事の関係で何度か行ったことがあるらしかった。おかげで僕の意に反して、僕は逃れられない人生に深く深く呑み込まれていくのであった。

 

食べきれないほどの料理を御馳走になり、ベロベロに酔ってはいたが、周りも似たようなものだったので僕は皆と一緒に食器を片づけ始めた。キッチンで食器を洗いながら、また話し始める。「ところでケネス君。君と姉さんとはどういった関係なんだい?」チャンス!ついにこのカオスにも話の判りそうな奴が登場したか!僕は喜び勇んで事情を説明しそうとした。すると「ケネス君は姉さんと将来を誓い合った仲らしいよ。」とすかさず日本文化好きの彼が耳打ちをした。「ああ、そうなのか!で、いつ結婚するんだい!?」このやろう・・・。せっかく差しかけていた希望の光をいともあっさりと消し去りやがって。今までお前はいいだと思っていたがもう君は友人リストから除外決定だ。「いやいやまだそんな心の準備が・・・。第一まだ僕たちは出会ったばかりですし・・・。」と出来る限りのフォローを入れようと試みた。「ああ、そんなの気にすることないよ。今年の春節ごろにまた家に来るころには晴れて僕たちの一員だね!」彼は歯切れよく言いきった。

 

この言葉で僕は一瞬で酔いが醒めた。もはや言葉が何も通じない。すでに地獄のスパイラルに巻き込まれ、蟻地獄に足を踏み入れてしまった哀れな生き物の如く、足掻けば足掻くほど、逃れようのない運命が待ち構えているのだった。このままでは埒が明かないことをようやく悟った僕は彼女を呼んで地下鉄の終電がなくなるからとまだ夜九時過ぎだったのにも関わらず意味不明な言い訳をし、早めに帰ることを提案した。

 

彼女が終電がなくなることに納得したとは思えないが、どうやら早めに帰った方がいいという意見は一致したらしい。思いがけない心情のシンクロに感動しながらもゆっくりしていけばいいのにと引きとめようとする彼らを振り切って僕らはそそくさと妹さんの家を出て、駅に向かうことにした。気まずい時間が流れる。お互い予想外のことが起き、事態が思いもよらない速度で思いもよらない方向に進んでいるために何から始めればいいのか判らなかったのだ。

 

暫くの沈黙の後、彼女が呟いた。「びっくりしちゃったね。」「そうだね。」と受け答えながらも、僕は「誰だよ、食事だけっていったのは・・・。」と心の中で非常に後悔し始めていた。一般的に当たり前なのである。今は昔とは違うとは言えやはり相手の両親に会うのはどこの世界でも重大な意味を秘めているのだ。それに春節の時期だ。その意味が未だに判らない何て一体何年中国に住んでいると思っているのだ。凍てつくような寒空の下でタクシーを待ちながら、何度も自分に問いただした。答えが見つからず焦る僕の手を握る彼女の手はいつもより暖かく感じられた。

 

「だから唯の食事会じゃないって言ったじゃないか。」握った彼女の暖かい手に甘えて、僕は少し意地悪に彼女に問いただしてみた。少し驚いたような表情をして彼女は振り向いく。「私もこうなるとは思わなかった。本当よ?でもお母さんたちと話している間にあなたとなら本気で考えてもいいと思ったの。だからこれからもし私たちが別れるようなことがあってもそれは仕方のないことだけど、あなたには努力してほしいの。」縋るような彼女の目を見つめながら「もちろんだよ。」と彼女の唇にそっと触れた。小刻みに震えるその唇が寒さからなのか、それとも今後の僕たちとの関係に対する不安からなのか判らなかったが、崩れそうな彼女を僕は強く抱きしめざるを得なかった。

 

僕は一体何がしたかったのだろうか。僕の横で眠る彼女を見ながら僕はふと考えた。僕は彼女を傷つけたくない一心で彼女の両親ともあったが、いきなり結婚と言われるとさすがにそこまで考えてはいなかった。無責任のように聞こえるかもしれないが、僕からしてみれば何の説明を受けずに高額な投資をしろと急かされているようで、むしろ彼らの方が無責任にさえ思えた。彼らは僕の人生を考慮に入れてくれてないのである。しかし彼女は別だ。少なくとも僕と彼女二人はお互いをゆっくりと理解し合いたいと思っていたと信じたい。皮肉なことに、当事者である僕たち二人が一番結婚することに無頓着だったのだ。そんな微妙な関係も辺りの強い風に吹かれて脆くも崩れ去ってしまった。

 

こういうことがきっかけで僕と彼女は結局上手くいかなかった。友達に戻ろうかとも話し合ったが、やはりお互い変な未練に繋がってはいけないときっぱり別れることにした。今では全く連絡を取っていない。昔何かの本で読んだことがあるのだが男性は一般的には結婚を恐れるために女性が男を引っ掛ける場合は最初に男にそれを悟らせないことが肝心と書いてあったのを思い出した。その意見が正しいとは思いながらもその気がなった彼女を僕が傷つけてしまったのは恐らく疑いようもない事実である。僕のこういった行動が正しかったのかどうか、いまだに心残りである。

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